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松山地方裁判所 昭和37年(わ)170号 判決 1963年5月29日

被告人 入交清繁

大元・一二・一四生 林業所事務員

主文

被告人を懲役八月に処する。

但しこの裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は森尾林業所こと森尾猪十吉に雇われ、愛媛県上浮穴郡面河村方面に所在する森尾所有の山林を管理経営していたものであるが、愛媛県上浮穴郡面河村大字大味川若山猿谷クルガナルに所在の伐倒木杉約十五年生約千本約一万才は昭和三十六年五月十七日松山地方裁判所執行吏藤本茂雄が同裁判所の発した債権者福井富三郎、債務者右森尾間の仮差押命令正本に基き仮差押の執行をなし、立会人菅万作に保管を委任しその旨公示していたものであるのに被告人は同年十一月頃、坂本一、渡部貞一の両名に対し、前記仮差押債権者福井とは円満に話合がついていると称して前記伐倒木を売却引渡し、情を知らない右両名をしてその頃これを他に搬出させ、もつて前記仮差押の標示を無効ならしめたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

刑法第九六条罰金等臨時措置法第二条第三条(懲役刑選択)第二五条

公訴事実中被告人は判示のように執行吏の命により菅万作の保管していた判示伐倒木を坂本一らをして搬出させもつて森林の産物である伐倒木を窃取したとの森林窃盗の点について考えてみるに、本件伐倒木は被告人の所有ではないとはいえ、その雇主の所有に属し、被告人は雇主のためこれを売却処分したものであるところ、検察官は刑法第二四二条は森林窃盗にも適用があり被告人の行為は森林窃盗に該当すると主張するのでこの点について検討を加える。

刑法第二四四条の親族相盗の規定は森林窃盗罪にも適用せられることは最高裁判所の判例の示すところであるがこれをもつてただちに刑法第二四二条の規定も森林窃盗罪に適用ありとすることはできない。窃盗罪に適用せられる刑法第二四四条の親族相盗の規定は被告人と被害者との間に法定の親族関係があれば刑を免除し又は告訴を待つて論ずるという被告人に利益をもたらす規定であるから明文がないとはいえ特別窃盗罪で法定刑の軽い森林窃盗罪に類推適用することは被告人の利益になり処分の権衡からいつても当然といわなければならない。これに反し窃盗罪に適用せられる刑法第二四二条の規定は他人の所有物を奪取するという窃盗罪の刑罰適用範囲を拡張する特例規定で従つて被告人に対して不利益をもたらすものであり窃盗罪に適用があるからといつて明文もないのに法定刑の軽い特別窃盗罪である森林窃盗罪にも適用ありと解するのは、刑法の根本原則である罪刑法定主義の精神にも反するし、処分の権衡からいつても採ることはできない。

叙上のように被告人の右行為は森林窃盗罪を構成せず無罪の言渡をなすべきであるが、判示差押の標示無効の行為と一個の行為にして数個の罪名に触れるものとして起訴せられたものであるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

よつて主文の通り言渡をする。

(裁判官 矢野伊吉)

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